注意:Ajumaniは外務省の渡航情報で退避勧告が出ている地域ですので、旅行するのはやめましょう!(私は安全な交通手段で、安全な区域しかいっていません)。
あるスタッフが隣のDistrict, Ajumani のUNHCR Pakelle Sub Officeの会議に出席するというので着いていく。8人乗りくらいのエンジン付のボートにのってナイル川を渡る。今、雨季が始まったところだが、水位は深刻に下がっているとのこと。雨季の最高水位のときの1-2mは下がっている様子。ともあれ、Ajumaniに着き、UNHCRの車に乗せてもらう。雰囲気がMoyoとは異なる。後で気がついたのだが、草木が伸びっぱなし、というところが少ない。開墾されているか、あるいは乾燥していて草木が伸びないかのどちらかのようである。
街の中心に行くと、だいぶ発展しているのが分かる。道も舗装されているし、マーケットの大きさ、扱っている野菜の種類、また店の多さも違う。やっぱり、MoyoはだいぶRelaxしている街のようである。
午後にウガンダ東部Mbale出身のClinical Officerと話をする。Mbaleを離れて寂しくないか、と何気なく聞いたら、とても寂しいといっていた。彼は上記のRelaxしたMoyoからさらに車で1時間以上はなれた(約20km)、NGOの車以外に交通手段がないヘルスセンターで働いている。やはり生活は退屈だし、食べたいものが手に入らないという。彼は年配であるが、である。これが若い人だったらなおさらでしょう。私は東京近郊出身なのでここらへんの感覚がよく分からなかったが、今はなんとなく分かる気がする。
彼曰く、MoyoはRelaxしてしまっている。難民を扱うNGOのお陰でSelf-Relianceがなくなっているという。人々はdigしない(機械などもちろんないので、文字通り鍬などを使って耕しています)。人々はナイル川で取れる魚と、一部の難民が売る配給のとうもろこしの粉からポショを作って食べる、というサイクルなんだよ、といっていた。他の、米、マンゴーなどは隣の県から足りないものを持ってくる。彼の地元ではあらゆるフルーツ、肉、米、マトケが手に入ったから、そういう食べ物が恋しいという。
これは、また未舗装の道路、交通手段がないこととも深く関わっていると思う。でも、Self-relianceがなくなっていること、ビジネスの競争がないこと、購買意欲が低く、多様でないことは確かでしょう。このままでも、それなりにみな幸せならよいのか、とも思う。私は人々が発展したいと思っていないなら、むりやり発展する必要はないと思う。しかし、今気がついたことは、周りの状況はいつまでも同じではないということである。原油の値段は上昇し続けるし、そもそも難民が更に帰還すれば、NGOはもちろん人口も減る。状況は悪化する可能性はある。ま、そうしたら、スーダンに移って、仕事を探せばいいと、いうことかもしれない。でも、農民はどうするんでしょう。